大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡家庭裁判所久留米支部 昭和57年(少ハ)1号 決定

少年 D・I(昭四一・一・二生)

主文

一  戻し収容申請事件について

少年を、満二〇歳に達するまで、中等少年院に戻して収容する。

二  窃盗保護事件について

少年を保護処分に付さない。

理由

第一戻し収容申請事件について

一  本件申請の理由は、本件記録中の九州地方更生保護委員会作成の戻し収容申請書(編略)に記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  一件記録並びに調査及び審判の結果によれば、次の事実が認められる。

(一) 少年は、幼時より、家庭からの金銭持ち出し、家出、放浪などの性癖があり、小学校四年生のころから児童相談所の指導を受けていたが、その後もその非行傾向はおさまらず、そのため、児童相談所においては、昭和五四年三月ころ以来、一時保護、養護施設入所措置、教護院入所措置などの指導を加えてきたほか、同年六月には当庁に虞犯少年として送致し、当庁においても教護院送致の決定がなされた。

(二) 少年は、上記のような種々の指導を受けたにもかかわらずこれに服さず、施設に収容されても度度無断退去しては窃盗等の非行を重ね、このため、昭和五四年八月二九日には当庁において三か月を限度として強制的措置をとることの許可がなされ、国立武蔵野学院に入所の措置をとられたが、同学院においても、依然、無断退去、窃盗等の所為を繰り返し、昭和五五年五月一三日には浦和家庭裁判所において更に一八〇日を限度として強制的措置をとることの許可がなされた。

(三) 少年は、上記浦和家庭裁判所の許可決定の後もなお無断退去等を繰り返し、上記許可決定前の非行(窃盗等)により昭和五五年九月一〇日同家庭裁判所において試験観察に付された後もその傾向はおさまらなかつた。

(四) 以上のように少年が非行を繰り返すため、遂に、少年に対しては、昭和五五年一〇月八日、上記窃盗等の事件移送を受けた当庁において、少年を初等少年院に送致する旨の保護処分決定がなされ、少年は福岡少年院に入院した。

(五) 少年は、昭和五五年一〇月一三日同少年院入院以来約一一か月に及ぶ矯正教育を受け(この間に中学校の教科教育課程を修了した)、九州地方更生保護委員会の仮退院許可決定により、昭和五六年九月一七日同少年院を仮退院した。

(六) 上記仮退院許可に際し、少年については、犯罪者予防更生法三四条二項各号所定のいわゆる一般的遵守事項のほか、同法三一条三項に基づくいわゆる特別遵守事項として次のとおり定められた。

一、二 〈省略〉

三  仕事について辛抱強く働くこと。

四  無断外泊や家出をしないこと。

五  進んで担当保護司を訪ね指導を受けること。

(七) 少年は、仮退院後直ちに福岡県久留米市内の実父のもとへ帰住したが、仮退院時に予定していた就職が年齢が足りないとの理由で断わられたため約一か月間自宅で徒遊し、その後製粉会社に就職したものの、重労働であるなどと不満を言いたてて僅か三日間就労しただけで退職し、それをとがめた実父と口論の挙句家出をし、その後は次のような生活を送つていたものである。昭和五六年一〇月二二日から同年一二月下旬まで

久留米市内を浮浪し、時折は家人の不在の隙を狙つて自宅に侵入して、現金等を盗み出したり、家具、自動車などを破壊するなどし、たまたま父の妻(少年の継母にあたる)が在宅していた際にはチェーンをふり回して金員を要求するなどの所為に及んだ。また、この間には、自宅から模造刀を持ち出し、出身中学校に押しかけ、生徒の顔面にこれをおしあてるなどの振舞もあつた。

同年一二月下旬ころから昭和五七年一月中旬ころまで

知人の紹介で暴力団幹部の経営するスナックに勤務したり、同人の自動車を無免許運転の結果損壊したことの跡始末という名目で同人に強要されて暴力団事務所の電話番などをしていた(もつとも、少年自身は暴力団を嫌い、組員らの隙を見て事務所から逃走している)。

同年一月中旬ころから同年二月二日まで

再び久留米市内等を浮浪し、自宅から現金等を盗み出すなどしたほか、同年一月二二日には、深夜久留米市内において普通貨物自動車を窃取し(本件窃盗保護事件の非行事実)無免許運転するなどしていた。

(八) 以上のように少年が家出をし定職にも就かず放浪して担当保護司のもとへの訪問も懈怠したため、福岡家庭裁判所裁判官は、福岡保護観察所長の請求により、昭和五七年一月八日少年に対する引致状を発し、少年は同年二月二日引致状の執行を受け、同日九州地方更生保護委員会において審理開始決定がなされ、同月九日当裁判所に対し本件戻し収容申請がなされた。

2 上記1(七)の少年の行状に鑑みると、少年は、犯罪者予防更生法三四条二項所定の一般遵守事項中一ないし三の各号及び前記特別遵守事項の三ないし五の各号を遵守していないものと言うべきところ、調査、鑑別及び審判の結果認められる、〈1〉少年は、内的統制が極めて不良で、自己中心性が強く、社会規範のとり入れや内面化も全くと言つていいほどなされておらず、規制のない場面では全く抑制が効かず、目先の刺激に短絡的に反応したり、衝動の赴くままに即行的な行動に走り易い傾向のあること、〈2〉少年と実父とは互いに反目し合い、現在では、実父は少年に対する監護教育の意欲を全く喪失し、他方、少年は実父のこのような態度を自己の行状を正当化する口実として非を実父に転嫁する傾向がみられること、〈3〉本件審判の当日、当庁において、少年の親権者を実父から実母に変更する旨の調停が成立し、実母は、当審判廷において、少年を引き取り養育する意向を明らかにしたが、同女は、少年とは既に一〇年近くも生活をともにしておらず、同女自身の生活基盤にも安定がみられないことなどもあつて、確たる監護の方針もなく、少くとも現状では同女の監護能力には多くを期待できないこと、〈4〉前示のような少年の仮退院後の行状は、福岡少年院入院前のそれと軌を一にしており、改善のあとが未だ十分には見られないこと、〈5〉少年には、本件調査、審判の過程を通じ、種々の虚言を用いて自己の行状を正当化し非を他に転嫁しようとする傾向が強く見られ、真摯な反省の情に乏しいと認められること等の事情に照らすとき、少年については、福岡少年院において施された矯正教育は未だその実をあげるに至つておらず、現状のままでは、これまで同様ないしはそれ以上にその非行性を深化させる虞が顕著であると言うのほかなく、この際は、少年を少年院に戻して収容し、更に強力な矯正教育を施すとともに、その間に帰住環境の調整を行なつて、少年の健全な育成を図るのが相当であると思料される。

3 以上の次第であつて、本件戻し収容申請は理由があり、これを認容して少年を少年院に戻して収容すべきところ、その収容すべき少年院としては、前回少年院送致決定の指定した少年院は初等少年院であるが、少年が既に一六歳に達していることに鑑みれば、今回は中等少年院とすべきが相当であり、かつまた、その収容すべき期間については(戻し収容決定時二〇歳に達しない少年の場合であつても必ずその収容期間を定めるべきものと解される)、二〇歳に達するまでに満たない期間を決定によつて定めることは法の趣旨に悖ると考えられること、一方、少年は未だ一六歳であつてみれば、その可塑性は大きく、現時点において二〇歳を超える収容期間を定めなければならないほどの事情も認められないことなどに鑑み、少年院法一一条一項本文の本則に従い、これを少年が二〇歳に達するまでとすべきものと思料する。

第二窃盗保護事件について

一  当裁判所が証拠により認定した非行事実は、本件記録中の司法警察員作成の少年事件送致書に記載してある犯罪事実(編略)のとおりである。

二  ところで、少年については、既に説示したとおり、中等少年院に戻して収容すべきものであるところ、本件戻し収容申請認容の判断をするについては、少年が本件窃盗非行を敢行したこともその判断要素として既に考慮に入れているところであるし(前記第一の二1(七))、かつまた、本件戻し収容の決定により少年院に収容されることとなるべき少年を重ねて本件窃盗保護事件について保護処分に付する必要性が、理論上はともかく、実際上存しないこともまた明らかであるから、本件窃盗保護事件については少年を保護処分に付さないのが相当であると認められる。

第三結論

よつて、本件戻し収容申請事件については、犯罪者予防更生法四三条一項により、少年を満二〇歳に達するまで中等少年院に戻して収容することとし、本件窃盗保護事件については、少年法二三条二項により、少年を保護処分に付さないこととして、主文のとおり決定する。

(裁判官 川合昌幸)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例